日焼けどめが溶け落ちる

バンコク生活情報、タイ国内外旅の記録。2016年4月に本帰国

バンコクのインフルエンサー達に学ぶ

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2年半のタイ生活が終了し、さらに2年が過ぎた。サバイサバイ(楽チン)な南国の空気が忘れられず、帰国後も度々タイを訪れている。

 

私がタイ生活に馴染めず四苦八苦していた頃、ネット上には今ほど、在タイ者向けに情報発信する者はいなかった。

もちろん、在タイブロガーはたくさんいた。だけど、あくまでも趣味の範囲で気の向くままに、というスタイルの方々がほとんどだった。

 

今は違う。明確なこだわりやコンセプトを持って情報発信されている方が大勢いる。なんとなくではできない情報量、完成度、エンターテイメント性。ものぐさでは出来ない。

 

ここ3、4年でバンコクの街並みは大きく変わった。それはネットの世界でも同様だ。

 

もしも。

 

あの頃もうちょっと。1日あと30分。毎週あと1回。何かを頑張っていたら自分も何か爪痕が残せたのではないか?なぜやらなかったの。…いや、出来なかったんだよ、疲れていたんだよ、悩んでいたんだよと、無駄な言い訳が今頭の中を駆け巡る。

 

過去にこだわっていてもしょうがない。

今、自分に出来ることはなんだろう?とまた考えている。「ホント考えるのが好きだなぁ〜」と自分に呆れながら。

半年ぶり、雨季真っ盛りのじっとりとした空気まといながら。
(2018/9/10)


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パタヤの女にときめく[後半]2018秋

夕暮れ時。これからがパタヤマスターB君の本領発揮だった。ただ、まだ街全体が盛り上がるには時間が早かった。

「ウォーキングストリート」という夜のメインストリートからの小道に入った。野外に円状のテーブルが回転し続けるバーカウンターがあった。カウンターの中にママがいた。他に女性スタッフが2人。私達はB君に促されるように並んで席についた。席はゆっくり、同じ方向にゆっくり回り続けた。

ママは私達にゲームをすすめた。アタシ達が勝ったらお酒をおごってね、と。テーブルの上になにやら持ってきた。五目並べのようなゲームだ。ぶらり客に勝ち目などあるわけがない。わかっているが、ひとまず付き合うことにした。

早々に負けた。ゲームの続きは男性達に任せ、ふと正面見た。わたし達の席の向かい、円形カウンターの外側で、店員女性が一人が熱心に化粧をしていた。小柄で顔の掘りが浅い。日本人のような顔立ちのタイ人女性だった。私と目が合うとニコリとほほえみ、そのうちジェスチャーで「隣に座りなよ」と促してきた。お言葉通り、自分のドリンクを持って隣に移動してみた。間入れず、ドリンクをねだられた。

英語で少し話かけられた。どこから来たの、いつまでいるの。たわいもない会話。その間も彼女はせっせとメイクを続けていた。人目をはばからない作業っぷりがなんだか面白かった。酒を飲みながら、横から黙ってその姿を見つめ続けた。まるでパトロンおっさんだ。その内カウンターの向かい側でゲームに惨敗した3人がお会計を始めた。メイクの女性は突然立ち上がり、日本の音楽があるのよ、と言った。カウンター横の黒いボックス前に移動し何かを操作した。店内のBGMが変わった。日本の最新ポップスだった。私を見て、この曲知ってる?いいでしょ?とまた微笑んだ。

お会計が済み、私達が立ち上がるとママ達が一斉にまたね〜と手を降った。メイクの女性が突然、私に近づいてハグしてくれた。やわらかくて小さくて、温かかった。私達が離れて数秒で店内のBGMは元の洋楽に戻った。

 

日が暮れ、夕食は海が見えるシーフードレストラン。おしゃれに白ワインなど愉しみながら、全員で食事をした。

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レストランからストリートに戻ると、本格的なパタヤの夜が始まっていた。

きらびやかな店の前には客引きや色々な衣装をまとった女性達が、歩く人々を誘惑していた。夫達は何度も手を引っ張られていた。私も顔面前10センチのところに、なにやら書いたチラシを近づけ迫られた。

何度も歩いた通りだ。初めてバーの中に入ったことは忘れない。だるそうに、お立ち台の上で揺れる10人余りの下着姿の女性。台の下から見守り続けた。とてつもなく、悪いことをしているような気がした。ビールを飲んでも飲んでも全く酔わなかった。お客は、気に入った子がいると直接声をかけるか、お立ち台下の店員に言って、隣に座らせる。その場で何かしているような光景はあまり見たことがない。見ないようにしていただけかもしれない。

 

ひとまず、どこかに入ってみようということになった。A君はパタヤもお店も初体験。最初に選んだお店はほぼ前述したとおり。女性達のドリンクのおねだりを上手に交わし、2杯ほど呑んで店を出た。

2軒目。IRON CLUBという店だった。B君によると、丁度その日はダンスショーがあるらしい。普段のスタッフに加え、系列店?のダンサーなどがその店に集結するとのこと。店内は奥行きがあり、手前から奥に向かって2つのお立ち台。そして、真ん中には空っぽの丸い風呂。その頭上にイカつい鎖。

入店約1時間後。ショータイムはなかなか始まらなかった。マッサージにでも寄ってホテルに戻ろうかなどと思っていた時、突然「風呂」の中にいたグラマラスな女性が上の鎖に捕まり大きく揺れはじめた。高さ2〜3メートル。予想外に力強いパフォーマンスだった。拍手喝采。日頃から体を鍛えていないとあれはできまい。

そこから徐々にスタッフが増えてきた。全身スパンコールの女性達が酒を勧めまわり、昭和な白スーツを着た男性の司会、お揃いのセクシー衣装でのダンスなどなど。お客も、壁際の席はほぼ埋まりお立ち台にかぶりつきで酒を飲んでいる。全体的に中華系が多い。私より若そうな観光客女性もいた。日本人グループも何組かいた。エアコンが効いているはずなのに暑く、店内は熱気にあふれていた。

 

スパンコールドレス女性の中の1人がB君のお友達(?)だった。既婚子持ち31歳。気張った感じがなく、しかし気配りができそうなスレンダー美人。人気がありそうだ。数少ない女性客の私と、パタヤデビューのA君には何かと気遣ってくれた。無理にドリンクを勧めてくることもなく、B君の隣から時々「一緒に踊ろう」と促してきた。私が踊ると、他のスタッフも寄ってきてみんなで一緒に踊ってくれた。曲が落ち着く度、私に笑顔を向けた。

 

メインのショーがようやく終わり、目玉が片方飛び出そうな会計をなんとか済ませ帰り支度を始めた。またもやハグ。先程のスレンダー美人だ。メイクの女性と違い、私より背が高い。細い腕で、繊細で丁寧なハグだった。「またおいでね!」という笑顔に「うん、行く行く!」という顔を返さずにはいられなかった。

 

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B君は、ATMに寄った後、もう一仕事していくと言って、1人ネオンの中に消えていった。

ホテルに戻る前、ひっそりと営業していた屋台でクイッティオをすすりながらこの日出逢った2人の女性のことを思い出していた。明日も明後日も、来年もこの街の酔狂は続いていく。

ふう。わたし、男でなくてよかったな。

 

パタヤの女にときめく[前半]2018秋

滞在中のバンコクから、パタヤへ1泊旅をすることにした。
土曜朝、私・夫・夫の後輩A君の計3名が、エカマイのバスターミナルに集合した。

もう一人、こちらに駐在している後輩B君は現地集合。前日から現地に前乗りし「事前警備」をしてくれているらしい。なんとも頼もしい…?

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高速バスは片道108バーツ(約360円)。
パタヤ行きに限り、少しずつ値段が下がっているような気がする。なぜ?食べ物も乗り物も、どんどん値上がりしているバンコクの相場に逆行している。まさか、パタヤ旅の価値だけが下がっているわけではあるまい。


約2時間半でおなじみのビーチロードが目に入ってきた。1年ぶりの風景。
”前乗り”の後輩B君と合流。私が彼に会うのは2年ぶりだった。以前より”タイらしさ”が板についていた。タイ人っぽくなったのではない。”タイにいる日本人”っぽかった。パタヤにはこの数年足しげく通っているらしい。挨拶もそこそこに後輩A君を從え早速、昼間の裏通りに消えて行った。


予約していたホテルに向かった。今までになく奮発し、1泊3000バーツ(約1万円強)代の大きなホテルを予約していた。ちなみに、今まで夫婦で宿泊したパタヤでの最低価格は500バーツだ。ここぞとばかりにラグジュアリー感を楽しみたい気持ちはあったが、なんせ1泊泊まりで時間がない。さっさとチェックインを済ませ、浜辺の屋台でゆっくりビールを飲むことにした。
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ああ、これこれ。
浜辺には、日差しを完全に遮ってくれるパラソル連。その下に使い古されたデッキチェアがズラリと並んでいる。
何度目だろう。楽しい時も、少し苦しい時も私はこのビーチでこうやって寝そべり、ぼんやりしていた。


パタヤといえば享楽的なイメージだが、私にとってのパタヤはこれなのだ。
目の前の砂浜で、白人女性が肩にボディアートを施していた。揚げたエビやカニを持って行商が何度も目の前を通り過ぎていった。バンコクより気温が高く、背中が汗ばんできたが構わず横になっていた。うつらうつらと30分ほど寝付いてしまった。


目が覚めて、少し涼しいところに移動することになった。目の前にあったデパートで後輩2人と再び合流した。二人ともやや赤みを帯びた顔で登場。小さなバーでゲームなどして遊んでいたらしい。ひょっとして夫婦二人の時間を気遣ってくれたのか??と、今になってから思った。
4人アイスクリームを食べながら、「パタヤの帝王」の風格を感じさせるB君の話を聞いた。

「なんでパタヤがそんなに好きなの?」
「だって・・・パタヤは、10メートルごとに酒が飲めるんですよ!
「そ、そうか・・・・」

東京の横丁や、バンコクの歓楽街でも酒は浴びるほど飲める。彼が言いたいのはもちろんそういうことではなかった。
パタヤの街で、10メートルごとに出逢える何かを、この数年で彼は知ったのであろう。
それは彼にとって喜びであり、楽しみであり、もしかしら生きがいにすらなっているのかもしれない。
・・って、オイオイ30歳だろう。とも思うが、30歳だからだとも思う。


「いやー、社会復帰が難しいですわ!パタヤは!わはははは」

と、満面の笑みで大好物のミントチョコアイスを2つ平らげていた。


海外駐在で体や精神を病む日本人は少なくない。彼は実に幸せそうだった。駐在員になるべくしてやってきた男だ。夫も独身・駐在員時代から、数えきれないほどパタヤには足を運んでいる。しかし、10年以上かかっても結局彼のようにはなれなかった。いや、のちの妻としてはそちらの方が何かと気がかりが少なくよいのだが。



数時間後。
どこへ行っても眠そうな昼間の風景とは逆の、享楽の夜がやってきた。
そこで出逢った2人の女性の体温が今もこの腕に残っている・・・。


(なんだと!?)

ピッサヌローク1泊2日旅④[帰り寝台列車]

22時過ぎの寝台列車に乗ることになっていた。今回の旅のメインディッシュである。寝台に乗るのは初めてではなかった。20代の頃、「全国青年大会」に仲間と参加するため、島根県発東京行きの寝台特急“出雲”に乗った。その時の記憶はほとんどない。恐らく乗車直後から酒を飲み、一通り騒いだ後、こと切れる様に眠ってしまったのだろう。あれから月日が流れ、私は「情緒」だの「古めかしさ」だのに胸ときめくほど歳を重ねたのである。ああ、なんてこと。

の続き。

川沿いの小さな空き地に、簡素な布団が並び施術を行っていた。
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夕食にはまだ早く、話相手もいない私は迷わず入場した。60分で100Bほどだった。バンコク中心部の半分ほどの値段だ。誰が使ったのかわからない布団と枕。ほんの少し尻込みした。マッサージの腕はよかった。スルリと睡魔に負けてしまった。

マッサージ後は、昨日は行かなかった駅前のタラートを散策した。少し行列が出来ている屋台があった。パッタイ(タイの焼きそば)の店だった。朝から色々食べ過ぎてさほどお腹は減っていなかった。しかしここで旅のシメを飾りたくなった。
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これこれ。そう言いたくなる様なパッタイだった。甘く、柔らかく、ピッサヌローク旅のエンディングにふさわしいローカルな味。


***
 
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列車は定刻通りピッサヌローク駅にやってきた。始発駅はチェンマイ。乗り込むと、2階建の車内はほぼカーテンで覆われていた。
私はそそくさと自分の席に上がり込んだ。寝台は想像以上に狭かった。大人の秘密基地だ。寝る準備を初めていると乗務員がカーテンを空け、チケットを確認した。


想像はしていたが、すぐに眠れるわけがない。ギコギコという車両が軋む音。線路の継ぎ目を通過する音。時々大きく揺れ、体が下に転がって行きそうだった。一応ベッドとカーテンの間に落下防止のベルトの様なものがあるのだが、私の体重をこんな貧弱なベルトが支えてくれるとは思えない。壁側に背中を添わせ、いざと言う時に備えて受け身の姿勢をとった。荷物は落下しないよう、体の後ろに追いやった。何とか体勢を整えた後は2日間の旅を回想し、小一時間ほどぼんやりしていた。
目を閉じ、真っ暗なタイの田舎道を、寡黙に走る列車の姿を想像した。


朝5時。
窓の外はまだ暗い。目が覚めてトイレに行った後、夜とは違う乗務員が席を片付けにきた。表情一つ変えず、慣れた手つきで毛布やシーツを剥ぎ取り、寝台が次々普通のシートに早変わりしていく。すでに起きていたからいいもの、熟睡している時にいきなりあれをやられたら溜まったもんじゃない。

寝起き直後に狭いプライベート空間を追い出され、なんとなく居心地が悪い思いをしている間に、列車はバンコクのフアランポーン駅に到着した。
多少の睡眠不足とともに旅はあっという間に終わった。

ピッサヌローク1泊2日旅③[ナイトマーケットと朝食]

目がさめたのは夕方6時頃だった。寝すぎてぼんやりした体をよっこらしょと動かし、再び宿を出た。

夕日が沈み薄暗くなると、昼間横を通り過ぎた仏塔が今度はライトアップされ神々しく輝いていた。

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川沿いのナイトマーケットは以前にも訪れた。特に買い物をするわけでもなく、店の中をゆっくり歩いた。奇妙なマネキンや、10年以上前から変わらないのではと思われるデザインの衣類が所狭しと並んでいた。

観光名所?「空飛ぶ空芯菜(パップン)」のお店はこの日も賑やかだった。

特段お腹がへっていたわけでもないが目の前にあれば食べてしまう。適度に辛いツマミを頂きながら、ゆっくりビールを飲んだ。

川の上流側が急に明るくなった。船だ。会社の交流会かなにかだろうか。同じ色の服を着た女性達が船上で騒いでいた。30人以上はいた気がする。船はタイポップスの爆音とともに目の前を通り過ぎていった。

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気持ちの良い夜だった。レストランで日本語は聞こえなかった。お祭り船は小一時間ほどでまた戻ってきた。女性たちは疲れるそぶりもなくまだまだ元気だった。

ナイトマーケット周りは明るかったが、宿までの帰り道は徐々に人が減り、ところどころさみしかった。

 

 ***

 

2日目朝。宿のオーナーから教えられたカオマンガイのお店で朝食をとった。人気店と聞き、早めに出発したが、30席はある路面店はすでに満席。なんとか2人分の席を確保してもらい、朝食にありついた。

◆Pang Ki Khao Man Kai

https://goo.gl/maps/WhAxhmHPE8m

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勢いづき、そのまま今度はタイヌードルのお店へ。ピッサヌローク旅など、今度はいつ出来るかわからない。お腹いっぱいなどと言っている場合ではない。

◆How Kha Rim Nam Noodle

https://goo.gl/maps/j4P9vCrzh3C2

こちらもすでに満席。だが店は広く、すぐ座ることができた。生暖かい風に吹かれながら、ゆっくりクイッティオを啜った。

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この後、お土産物屋さんなどをブラブラし、前日行った川沿いの屋台を再訪。昨日いただいたスープ(トムヤム・ナムサイ)をまた注文した。作り方が知りたかった。オーダーの後、調理をする女性の横に黙って立ってみた。特に嫌がられることもなくその手さばきを披露してくれた。

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トマト、ナス、フクロタケ、エリンギ、海老、パクチーファラン・・・定番のタイ食材。出汁を入れたスープが完全に湧いた後、食材を投入する。せいぜい3分ほどで火を止める。じっくり煮込んで旨味を出す日本食とは違う。しかし、真剣に眺めても肝心の美味しさの決め手はわからなかった。

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午後、夫は一足お先に飛行機でバンコクへ。ピッサヌローク空港(PHS)まではモタサイを利用。モタサイ乗り場はロビンソンデパートから川に向かう途中にあった。

 

私は、帰りの夜行列車の出発まで特にやることもなかった。宿で2時間ほど時間をつぶした後、荷物を預けてナイトマーケット周辺へもう一度向かった。前夜通り過ぎたマッサージへ行くことにした。